2016/04/29

「双六でたどる戦中・戦後」展

 先日、東京・九段下の「昭和館」にて「双六でたどる戦中・戦後」展(→公式サイト)を見てきました。
▼地下鉄構内の柱・昭和館入り口・脇と、あちこちで赤い色が目に飛び込んできます
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 会期は以下の2期に分かれていて、現在は第2期を開催中。
【第1期:時局・教育・広告を中心に】 平成28年3月19日(土)~4月10日(日)
【第2期:憧れ・流行り物を中心に】 平成28年4月12日(火)~5月8日(日)
だけど、5月1日(日)限定で、第1期で展示した双六を厳選して1日だけの展示会を開催するそうです。


 展示物は基本的には昭和の始め~30年代の双六、そして参考として江戸時代、明治、大正の双六が一つずつ、戦前の雑誌の付録やおもちゃが少々。双六には盤双六と絵双六があり、ここで展示されている双六は後者の方。ただ、参考展示の江戸時代のものだけは、上面に線を引いた木箱の上に白黒のコマが複数乗っていました。あれはどうやって遊ぶのか、想像がつきませんでした。


 冒頭の解説によると、双六は中国を起源として鎌倉時代には既に日本に存在し、江戸時代には正月の遊びとして定着し、印刷技術の発達によって大量印刷が可能になった事によって、明治時代には新聞・雑誌の付録となり、大正時代には雑誌の正月号付録として定番化したそうです。メインで展示されている昭和の双六は、大判の印刷物がフレームに入って、その脇に「ここに注目!」と書かれたミニ解説と、ものによっては関連する印刷物が添えられていました。


 昔の印刷物は色合いがくすんでいて、味わいがあります。紙質や発色が現在と異なり、また、退色もしているのでしょう。でも、正月向け商品という事で絵に気合いが入っているのが感じられますし、また、教育や宣伝を目的とした内容が盛り込まれていて、当時の世相が良く分かります。だからこそ、戦争を題材としたものや戦前のそういった思想が反映されたものはどうしても見ていて辛く感じられるのですが、戦後のものになると平和への願いが感じられるし、時代が新しくなるにつれて娯楽色が出て来るので、それらは見ていて心地よいものでした。やはり、戦争(及び戦争を必要とする傾向)は良くないですね。


 どの双六ももちろん絵に力が入っているのですが、ところどころ、今でも有名な漫画家が描いているものがあり、そこはどうしても注目してしまいます。日本のマンガの歴史の中で、双六をその一つとして位置づける論者もいます。そういう観点からも、なかなか興味深く、面白い展示でした。


(最終更新日:2016年4月29日)

2016/04/26

第18回 文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀書受賞作『PADRE』全編公開

 当ブログ2015年2月16日付け記事で取り上げた、第18回 文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀書受賞作『PADRE(パードレ、父の意)』。メディア芸術祭会場に設置されたモニターで観てから、1年少々が経過しました。


▼当時の展示物の一部(一番上の写真に見える人影は、恐らくセットの透明ケースに映り込んだ来場者の陰だと思います)
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 その短篇アニメーション『PADRE』(監督:Santiago 'Bou' GRASSOサンティアゴ・'ブー'・グラッソ、アルゼンチン・フランス、2013-2014年)が、先日、全編vimeoにupされました。英語字幕付き。(参照元:Arte y Animación公式FB

PADRE from opusBou on Vimeo.


 こうしてネットに上がったものをパソコンで至近距離で観返す事によって、あらためて胸が詰まる思いがしました。そして、メ芸会場で観た時のモヤモヤした疑問を晴らそうと、繰り返し観たり、ところどころ停止させたりしました。今、自分の考えをどうまとめたら良いか、思案中です。(以下白文字で)9分27秒過ぎの、窓の外の鳥達のイメージが実に不吉なのですが、これの意図する所というのは、もしかして、この娘は父親が何をしていたのか薄々感づいているのでは…?


 今年は、この短編映画の題材であるアルゼンチン軍政が始まって40年目の節目の年であり、また、今年の3月、オバマ大統領のアルゼンチン訪問に当たって、アメリカが関与した独裁に関する記録の機密を解除すると発表していました(参考:EL MUNDOEL PAÍS…オバマ大統領の訪問日が、まさに軍事クーデターから40年目の日だったのですね。)果たして、五月広場の母達が求めている真実は明らかになるのでしょうか。


(最終更新日:2016年4月28日)

2016/04/14

『父を探して』制作会社「FILME DE PAPEL」について

 当ブログ4月6日付け記事で取り上げた、ブラジルの長編アニメーション映画『父を探して(原題:O Menino e o Mundo、監督:Alê Abreuアレ・アブレウ、2014年ブラジル公開)』の制作会社「FILME DE PAPEL(紙のフィルムの意…?)」について


▼Filme de Papel(公式サイト)
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 ブログのtopページの下の方に会社紹介が載っているのですが、私はポルトガル語が分からないため、「Bing 翻訳」で葡語→西語に自動翻訳をして読んでみました。正しく読めているか自信は無いのですが、概略は以下の通り。

  • 1991年、アニメーションを制作する為に誕生。
  • 3本の短篇『SÍRIUS』『ESPANTALHO』『PASSO』を制作し、広島、アヌシー(フランス)、エスピーニョ(ポルトガル)、アニマ・ムンディ(ブラジル)、コルドバ(スペイン)等のフェスティバルで上映された
  • 2008年、初長編『GAROTO CÓSMICO』を制作。2009年にブラジルアカデミーの最優秀アニメーション賞を受賞した。
  • 文化省のアニメTV番組プロジェクト『VIVI VIRAVENTO』を共同制作。
  • 長編映画『O MENINO E O MUNDO』が完成したばかりで、2014年に公開予定。


 公式サイトには各作品の詳細な情報が掲載されています。そして、その「FILME DE PAPEL」社の公式チャンネルがYouTubeにあり(→こちら)、様々な関連動画やトレーラーがupされていて、どの動画も興味深いです。子供向けの作品とアーティスティックな作品が混在していて、『父を探して』に至る道筋が伺えます。


(最終更新日:2016年4月24日)

2016/04/06

アヌシー国際アニメーション映画祭と見本市がカンヌ映画祭の見本市に持ち込む4本のプロジェクト

●Annecy Goes to Cannes Programme
(記事前半部分の引用と拙訳)
As announced in February, Annecy has found yet another way to promote animated features by establishing a partnership with the Cannes Film Market and participating in the "Goes to Cannes" showcase. 

With Annecy Goes to Cannes, the Annecy Festival and Market are giving a handful of project leaders the chance to present the progress of their films and give their pitch in a new setting. The projects were selected from previous Mifa Pitch sessions.

2月にアナウンスした通り、アヌシーは「カンヌ国際見本市」と提携し「カンヌ映画祭行き」ショーケースに参加する事によって、更にもう一つの長編アニメーション映画を宣伝する道を見つけた。

「アヌシーのカンヌ映画祭行き」と共に、アヌシー国際アニメーション映画祭と見本市は、少数のプロジェクトリーダーに対して、新たな環境の元で、映画の進行を発表するのと売り込むチャンスを提供している。そのプロジェクトは、以前行われた「Mifa(アニメーション国際見本市)ピッチ(宣伝)会議」で選ばれた。


 アヌシーと共にカンヌへ行く4本の長編アニメーションプロジェクト。ツィッターに載っている画像に興味を抱いたので、少し調べてみました。取り急ぎ、関連リンクの箇条書きのみ。後で色々と書き足していきます。


◆Arara and the Guardians of the Amazon Rainforest
・Arara & The Guardian of the Amazon
・Arara - Catalan Films & TV
・Arara y el guardián de la selva | CURSO DE DESARROLLO DE PROYECTOS cinematográficos iberoamericanos


◆Funan
・Wanda Productions - Director - Denis Do
・FUNAN - Les Films d’ici
・Political animation: Interview with Denis Do, director of Funan


◆The Last Fiction
・The last fiction-Farsi trailer

・The last fiction-French trailer

・The Last Fiction (2017) - IMDb
・"The last fiction (animated feature)"
(公式サイトhttp://thelastfiction.com/は「Website Under Maintenance」との事。)


◆Loving Vincent
・Loving Vincent - first painted animation by BreakThru Films
・Loving Vincent - film brings the paintings of Van Gogh to life

・Loving Vincent - Official Trailer 2016

父を探して

 現在、渋谷のシアター・イメージフォーラム(→こちら)他で上映中の長編アニメーション映画『父を探して(原題:O Menino e o Mundo、監督:Alê Abreuアレ・アブレウ、2014年ブラジル公開)』について。


▼映画『父を探して』公式ホームページ
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▼長編アニメーション映画『父を探して』予告編

▼【特別公開】『父を探して』メイキング


▼Boy and the World(英語版公式サイト)
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●O Menino e o Mundo(葡語FB)
●O Menino e o Mundo(葡語blog)
▼O Menino e o Mundo (The Boy and the World) trailer 1

▼O Menino e o Mundo (The Boy and the World) trailer 2


●Alê Abreu(監督のブログ)


《あらすじ(公式サイトより)》

 親子三人で幸せな生活を送っていた少年とその両親。しかし、父親は出稼ぎにでるため、ある日突然、列車に乗ってどこかに旅立ってしまった。少年は決意する。「お父さんを見つけて、家に連れて帰るのだ」と。未知の世界へと旅立つ少年を待ち受けるのは、過酷な労働が強いられる農村や、きらびやかだが虚飾に満ちた暮らしがはびこり、独裁政権が戦争を画策する国際都市。
 それでも、少年は旅先で出会う様々な人々との交流と、かつて父親がフルートで奏でた楽しいメロディの記憶を頼りに、前へ前へと進んで行くーーー。


《感想等(ネタばれ有り)》
 様々な画材を用いて色とりどりに描かれたユーモラスな造形の世界。しかし、描かれているのは必ずしも美しい世界ではありません。

 実は今、この記事を書く為に公式サイトを読んでとまどっています(観る前にきちんと読んでいなかったので)。あの少年は確かに父を探しに旅に出たと思うのですが、「家に連れて帰るのだ」とまで考えていたのでしょうか。だって出稼ぎに行ってるのだから仕事の邪魔しちゃいけないし、家族の生活がかかっているのだし。そして、「一切のセリフもテロップも必要とせず」と公式サイトには書いてあるのですが、あの家族(というか夫婦)の会話はありましたよね。ただ、あれが人間の言葉になっているかどうか、私には判別出来ませんでした。ポルトガル語を知りませんし。ただ、身に覚えがあるのですが、幼い頃、母と上のきょうだいが何を言っているのかさっぱり分からなくて悲しい思いをしたものでした。だからきっと、あの少年の耳を通した両親の会話は、少年には理解不能なものだったのかも知れません。そういえば、少年の行く先、街の風景に使われていたコラージュに貼られていた印刷物(らしきもの)は文字が反転されていたのですが、あれもまた、まだ文字があまり分からない年頃の少年の目に映った風景を表しているのかも知れません。

 父がいなくなって、母と二人きりの家。意気消沈のあまり、少年は家族を描いた絵をトランクに入れて、父が乗ったのと同じ列車に乗り込みます。行く先々で出会う人々、目にする風景、それはとてもしょっぱいものです。最初に出会った年配の男性についていった先は、木綿栽培のプランテーション。ただでさえ年老いて体力も無いのに帽子を買うお金も無いほど貧乏だから精一杯働かざるを得ず、にもかかわらす現場監督からの無慈悲なリストラ。次に出会った青年は布を作る工場で働いているのですが、そこでも機械化による無慈悲な合理化。美しい色彩で描かれる、ちっとも美しくない社会科見学。働く人々は皆くたびれて、住む町並みもすすけた様相。それとコントラストを成すのがピカピカの高層ビル街や、けばけばしいコラージュで描かれた看板がひしめく都会の町並み。ブラジルの国技とも言えるサッカーでさえ、スタジアムで繰り広げられる試合の模様は人間味を欠いた喧噪の世界。

 そんな、貧しくくたびれた暮らしの中で時折繰り広げられるのが、美しく彩られた祝祭の数々。青年がこっそり工場で織るポンチョ。市場で披露する芸当。少年が初めて触る万華鏡。そして、通りを行進する大道芸人の一団。賑やかな音楽と色彩は、日頃の辛い生活に救いを与えてくれるかのようですし、それを祝福するかのように、大空にはカラフルな色をまとった巨大な鳥が舞っています。しかし、そんな人々の自由な振る舞いすら許さないという、悪意に満ちた弾圧と攻撃。華やかな消費社会の陰で進行する自然破壊。この辺りの描写には実写を交えていて、監督の強い訴えを感じ取ります。このアニメーション映画、ものすごく倫理的です。

 探し当てたかに見えた父の姿は、大勢の人々とは見分けがつかなくて、少年は結局、父を見つけられなかったんじゃないかと思われます。『千と千尋の神隠し』なら父が誰か突き止められたと思うのですが、ここでも無慈悲な結果となります。この映画、邦題は『父を探して』ですが、原題を直訳すると「少年と世界」であり、実は父の存在は希薄で、この映画のキモは、少年の目に映る世界の方ではないかと思えてきます。この邦題は日本のTVアニメ『母をたずねて三千里』を連想するのですが(にもかかわらずほとんど観た事が無いのですが)、この映画でも、少年(あるいは監督)にとって存在感が強いのは、父親よりも母親のようにと思われました。父を探す少年から、母の元を旅立つ青年へと、成長を見せる場面がありましたから

 しかし、この映画は少年の成長物語としては終わりません。年老いて田舎に帰り、そこには畑を耕す大人や子供達。空には例のカラフルな鳥が幼鳥となって羽ばたいているところを見ると、世界に平和が訪れた事を感じさせます。木の根元に座る元少年に去来するのは、あの懐かしい親子三人の姿。ラストシーンはとても渋いと思いました。

 ……以上、思った事をダーッと書き連ねてみたのですが、自分で書いた感想を読み返すと、何だかとても暗い話のような…。いやそうではなく、奥の深い物語なのだと思います。人々の暮らしとそれを取り巻く世界の様々な姿を織り込んだ、ときに美しく、ときにみにくく、それでも生き続ける、人と自然を描き上げた物語なのだと思いました。


(最終更新日:2016年4月24日)