2015/02/20

第18回 文化庁メディア芸術祭で気になった短編アニメーションその2―The Wound

●The Wound(傷)
監督:Anna BUDANOVA アンナ・ブダノヴァ
製作:2013年
上映時間:9分21秒
制作国:ロシア

The Wound from Anna Budanova on Vimeo.


《感想など》
 ↑vimeoに監督自ら全編upされています。至近距離で見ると、鉛筆画っぽい絵の細かい筆致が良く分かります。

 要領が悪く人の輪にも溶け込めない主人公。男子連中にいじめられて、泣きながら家に帰り、ベッドの下の床に落書きした絵から誕生したのが「Wound(ウーンド、心の傷)」というモンスター。以後、主人公と「ウーンド」は、切っても切れない仲となります。成長してからも要領が悪く、容姿にも恵まれず、傷つく度に、主人公は「ウーンド」に慰められます。しかし、主人公の傷つく経験が増えるにつれ、ウーンドは巨大化し、凶暴化していきます。主人公が年老いた頃には、すっかりウーンドに支配されてしまいます。あたかも、人間同士のカップルで、関係が深まっていく内にパートナーからDVを受けるようになり、でも共依存の関係だから逃れられない、そんな状態を連想してしまいました。
 でも、文化庁メディア芸術祭のサイトに書いてある「作品概要」(→こちら)は、私が感じているのとは、ちょっとニュアンスが違うようです。

心の傷(英・wound)に苦しむ少女。その傷が少女の空想の中で、毛むくじゃらの生き物・ウーンドとして誕生するところから物語は始まる。かけがえのない親友として少女とともに成長していくウーンドは、彼女の頭の中にすっかり居ついて、段々と存在感を増し、やがてその人生を完全にコントロールするようになる。作者の幼い頃の記憶をもとに作られた本作は、数名の友人から成る少人数のチームで制作された。特に音作りにはこだわりがあり、独特なサウンドトラックを作るために、楽器以外の音源を用いるなどの工夫がなされている。少女とウーンドが繰り広げる、悪夢のようでありながらも美しい友情を描いた短編アニメーション。


 「悪夢のようでありながらも美しい友情」…。「美しい友情」なんでしょうか…?むしろ、「おぞましい」と感じたものでした。傷つく経験を繰り返すにつれ自分の殻に閉じこもり、恐怖にさいなまれて何も出来ずに年老いていく主人公の姿に、私は何かしら警告めいたものを受け止めました。人間誰しも多かれ少なかれコンプレックスを持っている事と思います。だから、誰しもが何らかの「ウーンド」を心の仲に抱えている。そういう普遍性を、私はこの作品に感じました。DVパートナーなら全力で逃げ出すしかないと思いますが、心の仲のパートナーからは決して逃げられない。そんなパートナー、即ち「自分」とどう向き合って生きていくのか。そんな事を考えさせられました。

2015/02/16

第18回 文化庁メディア芸術祭で気になった短編アニメーションその1―PADRE

●PADRE(父)
監督:Santiago 'Bou' GRASSO サンティアゴ・ブー・グラッソ(→公式サイト
製作:2013年
上映時間:11分55秒
制作国:大部分フランス (フランス, アルゼンチン)(→ユニフランスの紹介ページより
▼公式facebook
padre_facebook.jpg


▼PADRE (trailer)

PADRE (trailer) from opusBou on Vimeo.


▼PADRE - short film making of

PADRE - short film making of from opusBou on Vimeo.


▼第18回文化庁メディア芸術祭のページに掲載された作品概要(→こちら)は以下の通り。

軍事独裁が終わり、民主主義が芽生えつつある1983年のアルゼンチン。軍司令官を引退し、病床に伏す父親の看病にすべてを注ぐひとりの孤独な女性が描かれる。周囲は彼女に、新しい一歩を踏み出し変化を遂げることを求めるが、彼女は時計の振り子に操作されているかのように、ただ同じ毎日を繰り返すことに固執する。彼女はますます家にこもり、差し迫る社会変動を拒むかのように、ひたすら父親の看病に没頭する。しかし、外の世界は確実に変革をとげ、現実の叫びに耳を傾け行動を起こすよう彼女に迫る―。コマ撮りと3DCGの技法を用い、3年もの期間をかけて制作されたアニメーション。緻密にモデリングされた人物や小道具を撮影し、更にデジタルな処理を加え、重厚かつ独特な質感を生み出している。質の高い造形美と豊かな表現力で、日常を描写したアニメーション作品だ。


《感想など》
 メイキングによると、3年かけて作られた作品。主人公の造形や動かす為の仕組み、サイズはとても小さいけれど質感のある小道具、撮影の様子、パソコンを使った作業など、様々な技法を駆使しています。アルゼンチンの軍事独裁が終わりを告げた1983年、軍人の娘は独りでひっそりと暮らす。彼女が悪事をはたらいた訳ではないだろうに、あたかも罪悪感にさいなまれているような。……しかし、展示コーナーのTVで作品を見終わった後、掲示されている作品概要を読むと疑問が沸いてきました。「1983年のアルゼンチン」と書いてあるのですが、独裁時代の軍人達が裁かれたのは、もっと後の筈(この辺りの話は、Wikipediaの「汚い戦争」欄が参考になるかと思います)。WEBに上がっているメイキングを止めて見ると、主人公が薔薇の花を生ける時に下に敷いている新聞紙の見出しは「軍の最高司令官達、人権侵害で起訴される」(5分30秒頃)。しかも、壁に掛かっている家族写真では、父親が現役の軍高官の頃の娘は、もう少し若いように見えます(51秒頃)。一体、この女性は何歳なのか。そして、作品概要に「病床に伏す父親の看病にすべてを注ぐひとりの孤独な女性」と書いてありますが、父親の姿は一切出て来ません。毎朝薬を用意し、昼にはスープをベッドまで持って行くのに、そのベッドには誰もいません。更に「周囲は彼女に、新しい一歩を踏み出し変化を遂げることを求めるが」と書いてあるのですが、そんな人々は一人も出て来きません。

 どうして「作品概要」の文章と実際の作品の描写が一致しないのか。果たしてこれは1983年のアルゼンチンの話なのか…???と、私の頭は混乱してしまったのですが、ここで一つの解釈を試みれば、腑に落ちました。要は、この女性の時間は、1983年で止まってしまったのでしょう。自分自身が楽しむ事も出来ず(ケーキを食べずに捨てているのは、その象徴ではないでしょうか)、自分が侵した(犯した)事ではないのに、ラジオから流れる「五月広場の母親達」の抗議の声に耳をふさぐ。ラジオの内容は、収容された政治犯や、女性の政治犯らが獄中で出産した後に養子に出されて行方が分からずにいる、そのような子供や孫を持つ女性達の抗議活動の声なのだと思います。この件は、昨年に孫と再会できた母親の話がニュースになりましたが(→こちら)、今も完全には解決していません。そして、作中で描かれる、窓の外の小鳥達の様子は、かつて彼女の家を訪れた人々であり、彼らをシャットアウトしていた様子の比喩なのではないかと思いました。

 この短編アニメ作品『PADRE』は、エンドクレジットの後、ラジオで流れた抗議行動の模様が実写で映し出されます。女性達の抗議の声は、メモを正確にはとれなかったのですが、字幕には「私達は知りたいのです/軍が隠蔽していた真実を/探し求める真実は/名前入りの抹消リスト/誰が息子達を殺したのか」という内容が書いてありました。この抗議は父に向けられたものであっても、彼女の心に突き刺ささっていたのではないでしょうか。彼女もまた、軍政の犠牲者と言えるかも知れません。未だ解決しない国家犯罪を描く事で、少しでも真実に近づく事を望み、そして、同じ事が二度と起きてはならないという、監督のメッセージを受け取ったような気がしました。以上、あくまで私の解釈ですが、実際の所、監督の狙いはどこにあったのでしょう。トーク付き上映会に行けなかったのが悔やまれます。

2015/02/14

外国映画DVDに潜む外国漫画の話題

 近年、外国漫画の邦訳の出版が増えてきているとはいえ、日本国内の漫画出版点数の中では微々たるものだし、日本人の多くは外国でどんな漫画が読まれているかご存じないと思います。しかし、注意深く目をこらすと、そこここに外国漫画の情報が潜んでいるのです。そこで今回は、レンタルDVDで発見したそれらの小ネタを3つ、ご報告したいと思います。


●『デビルズ・バックボーン』特典映像より
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 ギレルモ・デル・トロ監督のスペイン映画。2001年製作。2004年日本公開(→日本版公式サイト→日本語版Wikipedia)。内戦下のスペインの孤児院を舞台にしたホラー映画。この映画のストーリーボードの担当しているのが、スペインのベテラン漫画家、Carlos Giménez(カルロス・ヒメネス)氏。氏の公式サイト(→こちら)の中に、その画像があります(→こちら)。ツィッターで西紙『エル・パイス』電子版が代表作であり自伝的作品である『Paracuellos(パラクエージョス)』を紹介していて、記事中でその事に触れていました。
(▼拙訳:カルロス・ヒメネスの『パラクエージョス』、戦後スペインの最も恐ろしい物語の一つ)


 先にヒメネス氏公式サイトのストーリーボードを見てしまってはネタバレになってしまうと思い、DVDをレンタルして鑑賞した所、特典映像の中に、デル・トロ監督とヒメネス氏のストーリーボードと該当部分の映像が紹介されていました。しかし、解説にも、監督のオーディオコメンタリーにも、カルロス・ヒメネスという人が何者なのか全く語られていなかったのが残念でした。映画の設定とは時代が異なるといえども、ヒメネス氏の孤児院生活経験は、この映画に何らかの影響を与えていると思うのですが…。


●『夜のとばりの物語 ―醒めない夢―』より「イワン王子と七変化の姫」
 ミッシェル・オスロ監督の、5本の短編で構成されるフランス映画。2010年仏TV放映、2013年日本公開。(→公式サイト→仏語版Wikipedia)。日本でのキャッチフレーズ「もう私に恋をしたの?」は、仏語では下記字幕のように言うのですね。
le_conte_de_nuit_reve.jpg
 かなり強引な展開のロマンチックな影絵風アニメーションの数々。しばしの間、甘い気分にひたれます。寝る前に観ると良い夢が見られそうです。…と、ここまでは特に外国漫画の話題はありません。数年前に観た同監督の『アズールとアスマール』のラストが強引な取って付けたような印象があって、その時は、この人の人柄の表れなのかな、良い人だな、と思っていたのですが、その後『フランス児童文学への招待』(末松氷海子著、1997年西村書店刊)を読んで、31~32頁に書かれている「十七世紀の終わりから十八世紀の初めにかけて、大流行した妖精物語」の影響を受けているのか、はたまた踏襲しているのかなと思ったものでした。ちなみに、フランスの児童文学について書かれた本には、現地で長く読まれ続けているバンドデシネが紹介されている事が多いです。かつて、旧ブログで『フランスの子ども絵本史』について書いた事がありました(→こちら)。その他、私が見つけた範囲では、石澤小枝子著『フランス児童文学の研究』(1991年久山社刊)、フランソワ・カラデック著、石澤小枝子訳『フランス児童文学史』(1994年青山社刊)、私市保彦著『フランスの子どもの本』(2001年白水社刊)がありました。現在は入手難のものが多いかも知れませんが、とりあえず、東京都立多摩図書館で全部閲覧可能。そして、書籍内容をブログで紹介して下さっている方がいらっしゃいますので(→「存生記」2005年03月24日付記事)、そちらも参考になるかと思います。


●『イヴ・サンローラン』より
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 公私ともにパートナーであったピエール・ベルジェ氏が語る、イヴ・サンローランのドキュメンタリー映画。ピエール・トルトン監督。2010年フランス、2011年日本公開。(→日本語版公式サイト)イヴ・サンローランの死後、2人で集めた古美術品のコレクションをオークションに出すための搬出の模様と、2人のこれまでの軌跡の述懐と記録映像が織り交ぜて語られていきます。愛する人との別離が、コレクションが部屋から消えていく事によって輪郭を伴って描写されるので、最後には、やっぱり涙ぐんでしまいました。
 過去の回想で「モンドリアンルック」の話題になった時、モンドリアンの画集が届いたという映像が流れるのですが、その画集の側、デザイン画の下にあるのは、イヴ・サンローラン唯一の漫画『La vilaine Lulu(おてんばルル)』のアルバム(単行本)ではありませんか。『おてんばルル』の邦訳については、以前、旧ブログで書きました(→こちら)。ピエール・ベルジェ・イヴ・サンローラン財団のサイトはurlが変わっていますが(→こちら)、『La vilaine Lulu』の話題もばっちり存在します(→こちら)。
 そして日本ではTVアニメ化に併せて(旧ブログでのこの件に関する記事は→こちら)、2009年に邦訳のソフトカバー版が刊行されました。そこで、ハードカバー版からの変更が無いか、図書館で借りてみました。両者を並べた写真が以下の通り。
lulu_hardcover_softcover.jpg
 すると新たな発見が。「訳者あとがき」が新しくなって、本作の裏話が増えています。文中「(第2巻収録)」と書いてあるのですが、確かに映画のワンシーンでも2冊重なっているように見えます。また、私が旧ブログで書いた(→こちら)疑問点である「ルールレラ」の元ネタに変更がなされていました。
▼ハードカバー版
lulurella_hardcover.jpg
 ↓
▼ソフトカバー版
lulurella_softcover.jpg
 …私が旧ブログで書いた事は間違っていなかったようです。他にも幾つかの変更点や追加点があるのですが、個人的には何と言っても「訳者あとがき」の中の、ルルのモデルとなった人物と、「むずかしい選択」に出て来る「白ずくめの店」の元ネタとおぼしきブランド名が衝撃的でした。なので、ハードカバー版の単行本をお持ちのルルファンの皆様も、是非ソフトカバー版もチェックすべきだと思います。



 …と、3本の映画について、中に潜んでいる外国漫画の話題を挙げたのですが、他にもう一つ、思い出しました。台湾映画『セデック・バレ(→公式サイト)』の原作漫画についてです。「INTRODUCTION(→こちら)」に出て来る「「霧社事件」を扱った漫画」は、かつて邦訳が出版されていたのでした。ただ、私はまだ漫画を読んだだけで映画は未見だし、もう少し調べたい事もあるので、この件については、またいつか。(邦訳の存在を知ったのは、映画の公式サイトの文章からピンと来たのか、はたまたバンドデシネ情報サイトに作者のインタビューが載っていたので知ったのか、記憶が定かでは無いのですが、その辺も含めて、またいつか…。)


《最終更新日:12月12日》